それは、いつか何処かで見たことのある光景だった。
麦わら帽子を被ったまだ小さな男の子が、懸命にトンボを追いかけている。
彼の父親と思われる男が、それを嬉々とビデオカメラで追っている。
スプリンクラーを見つけた男の子は目を輝かせて飛沫の中へ走っていく。
僕は、何をするでもなく、唯、それを見ていた。
僕はここの所、多摩川で時間を潰す時間が多くなった。
色々な人が僕の前を通り過ぎる。
欲求不満気味のハスキーに汗をかきながら連れられる太った男。
ガムをくちゃくちゃさせながら足早に通り過ぎるギターを持った少年と少女。
生活用品を積んだリヤカーを牽いて歩く人。
色々な人生が、ここにはある。
僕が下手くそな二塁手が投げたバックホームの玉を投げ返すと、
彼はペコリ、と帽子をとって挨拶をする。
阪神と大洋でもこんなおおざっぱな点数はスコアボードに残さないだろう。
あれから、どれだけ時間が経ったのか・・・?
イヤ、それは月で数えるよりは、まだ日数で数えた方がいいようだ。
少し前に「妻」だった女は、二人で写った写真の半分全てをハサミで切って、
実家へ帰って行った。 僕の部屋には見事なくらい彼女の痕跡は無かった。
もしかしたら、髪の毛一本も落ちていないのかも知れない。
あれから、彼女から連絡はない。
色々な人が僕の前を通り過ぎていった。
いや、もしかしたら、僕が通り過ぎていったのかも知れない。
僕はどこにも歩いていくことができず、
また、何処にも居場所がなかった。
・・・でも、何処かへ行かなければいけない。
僕は、ジーンズの尻に付いた芝生を払ってよろよろと、よろよろと立ち上がった。
スプリンクラーから迸る飛沫は、いつしか光と交叉して虹へと変わっていった。